NTTインターコミュニケーションセンター(ICC)での展示のこと

時間が経って、展示も終わり、自分が未だに納得できないこと、怒りを覚えることがなんなのか、冷静に考えられるようになってきました。書き残しておきたいと思いました。

(事前にひとつ付け加えておきたいのですが、今回作品を展示させてもらったICCはNTT東日本の管轄にある施設です。作品の企画・制作をサポートしてくれたのは、触覚技術を研究しているNTT基礎研究所です。このふたつは別の組織であり、本来であればお互いに干渉する権限はないそうです。今回の作品は、NTT基礎研究所の触覚技術の提供と、サポートなしにはつくれませんでした。作品をつくる機会をいただけたことにとても感謝しています。)
 
 

ICCで展示されていたわたしの作品《Grand Bouquet / いま いちばん美しいあなたたちへ》は、展示オープン5日前になってはじめて、この作品が公開不可能なほど、NTTインターコミュニケーションセンター(ICC)の親会社であるNTT東日本広報部から苦情のご意見がきていると今回の展示作品をキュレーションしている、ICC学芸員の畠中実さんから報告がありました。

わたしはこの作品の内容に関して、事前に脚本はお渡ししていました。展示の3ヶ月前、まだ撮影前の時点でした。脚本を見せたのち、数日後に、facebookのメッセンジャーでメッセージがきて、ある1シーンに関して、「NTT的にこのシーンはNGかも」と言われました。NTTのだれがNGと言ったのか、なぜなのか、それについては知らされませんでした。

 

NGと言われたシーンが、具体的にどういったシーンかというと、主人公の指が、自分よりも圧倒的に強い存在である黒い塊の暴力によって、折れてしまうという描写です。

わたしはそのとき、NTT的に指が折れる表現が、なぜ、どういった理由でだめなのか誰からも聞かされなかったので、問題視されたシーンを入れる理由、作品のコンセプトについてお伝えし、現段階でわたしがこのシーンを省くことはできないということをメッセージで伝えました。それからなんの返答もなく、話し合いも行われなかったため、予定通り全てのシーンの撮影を終えました。

予算と時間の問題で、期限内に作品が完成するのか、現場に作品を設置できるのか危うい橋を渡りながらでの製作でしたが、展示空間に落とし込み、はじめてようやくその作品の体験の一片が見え始めたころ、それは、展示オープン5日前のことでした。

学芸員の畠中さんに呼び出され、「この作品が、公開できないほどNTT職員の非難にさらされている」旨の報告を受けました。

その場で直接、NTT東日本広報部、ICC職員から集めたといわれるご意見リストを見せられました。内容について、メールで転送してほしいとお伝えしましたが、なぜかそのご意見リストは決して転送されることがなかったので、わたしが覚えている範囲で書き記しますが、一番驚いた意見は、下記でした。

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NTTは会社として、いいものをつくっているというイメージで世間に見られたいので、ホラー映画のような不快なものは会社の施設で展示するには相応しくない。

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他にも、オリンピック、パラリンピックを控えている東京で、指のない障がい者への配慮に欠けるような表現は好ましくない、であったり、花を吐くシーンがあまりにもリアルで、不快である。不快な作品は展示すべきでない。主人公の女性の目のアップなど、緊張を高められる表現は過激でよくない。等々。

事前に聞かされていた、指が折れるシーンだけでなく、作品全体の表現が、否定されていました。明らかに、作品を公開するなと伝えているようなものでした。どれだけこの作品が不快で極まりないとNTT職員の方々は思っているか、たくさんのご意見が箇条書きでまとめられていました。

このご意見を書いた方にとって、一作家がその作品をつくるまでの労力や、熱量は、会社のわかりやすいイメージアップにつながらなければどうでもいいのでしょう。ICCは、そういった方が認めた作品だけを展示しているスペースだということがそのときわかりました。そうした施設を美術館と呼んでいいのでしょうか。ご意見を言えばそれが通されるような会社のトップは、自分の地位を守りたいがために、いまのキャリアで失敗しないことが一番大事で、自分の所属する会社で展示する作品の価値や力は、鑑賞者のためのものではなく、自分にとって都合よく使えるものにしか、理解できないようでした。ICCは、そうしたトップからのご意見を受け入れてきたから、今も続けられているということも、畠中さんから聞かされました。

けれどもわたしが今でも納得できないのは、そもそも最初に問題にされていた指が折れるシーンについては、畠中実さん自ら、NGを下したということでした。理由は、展示3日前ほどになってようやく直接教えていただきましたが、指が一本ない、4本指という表現は、日本では「同和問題」で訴訟になるケースが多かったからだそうです。部落差別される人のことを、人間以下の存在と揶揄して、4本足=「4本指」と呼ぶ歴史があるのだそうです。最近ではあまり聞かなくなってきた問題ではありますが、過去には手塚治虫のキャラクターが4本指だったために5本指に書きかえられたりした例もあるそうです。そして、「同和問題」をネタにして、自分はそうした被害を受けていないのに、嘘の訴訟を起こす輩も最近はいるから注意しなくてはならないのだと言われました。

今でも疑問に残るのは3つの点です。

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わたしの作品では、指一本だけでなく、親指以外全て折れてなくなる表現でした。そもそも4本指にはなりません。けれどもなぜ、「同和問題」訴訟および詐欺訴訟へのリスク回避をしなければならなかったのか。

なぜ、撮影前に直接、畠中さんからわたしへの詳しい説明および話し合いの時間が設けられなかったのか。

○今回の展示の学芸員である畠中さん自身がそもそもNGだと思っていた表現を、上層部にどのような言葉で伝え、なにを確認しようとしたのか。

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けれども問題の渦中にいるとき、わたしはここまで冷静にものを考えられず、そのことについて聞くことができませんでした。

なぜなら、作品の公開を中止するか、ICC側の条件を飲み、不本意な展示方法でも展示するか、その二択を迫られていたからです。決断までに残された時間は、わずか4日間でした。その4日間の間に、作品を現場で完成させることもしなければなりませんでした。スタッフの方と試行錯誤して完成に向けて作業を進めながら、わたしは、この作品が公開できないかもしれないという巨大な不安をひとりで抱えたまま、けれどもどんどん面白みを増してくる作品に対して、公開の希望を捨て切れませんでした。

公開できなければ、これまで、たくさんの時間をかけて、満足いくギャランティを渡せなくても、未だ体験したことのない作品を実現することに、夢と誇りを持って戦ってくれたスタッフの人に、あまりにも申し訳が立たないと思いました。そして私自身、この作品が公開できない未来はあまりにもひどいと、ショックを受けていました。

いまでもなにが正解だったのかわかりませんが、0よりもなにかしらを公開したほうがいいと思って、どうしたら、普段は「レヴェナント」や「死霊のはらわた」を映画館で観ているICCスタッフの人たちを説得できるのか考え、伝え、話し合いを重ね、作品は、黒み入りですが公開することはできました。

けれども、当初畠中さんがNGだと思っていたシーンよりもたくさんのシーンが黒く塗られました。それらのシーンは、物語の流れにおいて、そのメッセージ性において、重要な役割を持つシーンでした。そのシーンがなければ、映画の物語は成立せず、ただ、「スゴイ」ものという印象になるだろうと思います。

展示公開前に、コミュニケーション技術を発展させてきたはずの会社が、作品でもって世に問うて、人々のコミュニケーションを促進する前に、会社の責任逃れのために公開中止を示唆してきたのはとても残念なことです。けれども一番最悪な結果、公開が中止になっても、誰かが責任を取らなければいけなかったようで、今回のわたしの対応は、ICC責任者の方にとっても大変満足のいくものだったと思います。

けれどもわたしは、最近ことあるごとに、こうした問題を思い出します。企業が勝手に世間に配慮して、作品の枝葉を狭めていること、隠していても、問題の解決にはならないし、もっとおぞましい表現や映像が、なんの志もなく、ただ人を傷つけるため、自分の欲求のはけ口のためにインターネットには流れているのではないでしょうか?

人間にはそうした醜い側面があること、皮一枚剥げば、ぞっとする臓器があること、もちろん見たくない人に見せる必要はないけれど、観て、知る覚悟がある人にはそれを見せられる、そうした作品を作る自由は大事にされていいと思います。

わたしの作品はそもそも一般に公開する前に、議論になる前に、鑑賞者とのコミュニケーションを断絶されたので、実際の作品を観ていない限り、なんの議論もできないと思います。

そのこと自体にもいまだにずっと、怒りを覚えます。

作品を通して議論することはできないけれど、この出来事に対して、わたしはまだ色々な方と話し合いたいと思っています。
 

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